熟練者の判断をAIに任せたい。そう考えて「普段、どう判断していますか?」と聞いたのに、「経験ですね」「見ればわかります」と返ってくる。
そこで止まってしまっていませんか。
手がかりになるのは、具体的な事例を大まかに分け、その違いを一つずつ聞いていくことです。言葉にできた基準をAIに渡し、AIが熟練者と同じように判断できるか確かめます。判断が合ってきたら、分類をもう一段細かくしてみます。
「感覚」に隠れた判断の手がかり
暗黙知とは、経験を通じて身につけていても、本人が言葉で説明しきれていない知識や判断のコツのことです。
たとえば、提案書を見たベテランが「この内容では、まだお客様に出せない」と判断する。その理由を聞くと、「何となく説得力が足りない」と言う。
聞く側としては、もう少し具体的に教えてほしくなりますよね。
ただ、本人も普段から判断の過程を言葉にしているとは限りません。顧客の課題、提案の内容、説明の順番などをまとめて見ているため、「どこを、どう見ていますか」と聞かれても、すぐには整理できないことがあります。
ここで、別の提案書を隣に置いてみます。
「こちらはお客様に出せると判断したのに、こちらは出せない。二つの違いはどこですか?」
すると、「こっちは、お客様が困っていることと提案内容がつながっている。でも、もう一方はサービスの紹介だけになっている」といった説明が出てくるかもしれません。
「説得力があるか」という感覚の中から、「顧客の課題と提案内容がつながっているか」という、確かめられる観点が見えてきます。
最初に目指すのは、本人の判断をすべて説明してもらうことではありません。具体例を比べて、判断を分ける手がかりを一つ見つけることです。
最初は「低・中・高」の3段階
ここからは、営業提案書の完成度を1〜10点で評価している、架空の職場を例に考えます。点数や基準は説明用のもので、営業提案書に共通する採点ルールではありません。
10段階の評価をAIに再現させたいからといって、最初から「4点と5点の違いは何ですか」「6点になる条件は何ですか」と、すべての境目を聞く必要はありません。
まずは、分類を次の三つにまとめます。
| 最初に使う分類 | もとの評価 |
|---|---|
| 低 | 1〜3点 |
| 中 | 4〜7点 |
| 高 | 8〜10点 |
同じ目的・同じ種類の提案書を用意し、熟練者に三つのグループへ分けてもらいます。提案先や商談の段階が大きく違うと、評価の前提も変わるため、最初は条件をそろえておくと比較しやすくなります。
次に、違うグループの提案書を二つ並べて聞きます。
- 「低と中では、どこに違いがありますか?」
- 「中のこの提案書には、高の提案書にある何が足りませんか?」
- 「一か所だけ直すとしたら、どこを直せば評価が変わりますか?」
「全体的にわかりやすいから」と言われたら、さらに「どのページの、どの説明を見るとそう感じますか」と聞き返します。
たとえば、聞き取りを通じて次のように整理できたとしましょう。
低の提案書は、顧客の課題と提案内容のつながりが見えない。中の提案書は、そのつながりはあるものの、期待する効果の説明が足りない。高の提案書は、課題に合う提案があり、期待する効果も説明されている。
これが、AIに渡す基準のたたき台です。ただ、「効果が説明されている」とは、何が書いてあればよいのでしょうか。まだ曖昧な部分があるため、実際に使いながら確かめていきます。
段階を減らすだけでなく、どこを見て違いを判断するのかまで聞くことが大切です。「低・中・高に分けてください」だけでは、判断の結果は集まっても、基準はまだ見えてきません。
言葉にした基準をAIで試す
聞き取りができたら、基準と見本をAIに渡し、別の提案書を分類させてみます。
この記事でいう「AIに教える」とは、言葉にした基準を指示や参照資料に含めて使うことです。更新した基準は、次に判断を依頼するときにも渡します。
見本とは別の事例で確認
AIに渡すものは、評価する仕事の目的、低・中・高を分ける基準、各分類の見本と理由、そして確認用の提案書です。
たとえば、次の指示の[ ]内を、聞き取った内容や実際の提案書に置き換えます。
初回の提案前に、営業提案書の完成度を確認します。以下の判断基準と見本を使って、確認用の提案書を「低・中・高」に分類してください。
【判断基準】[低・中・高を分ける条件]
【見本】[各分類の提案書と、人がそう評価した理由]
【確認用の提案書】[見本とは別の提案書。人の評価はここには書かない]
回答には、分類、判断に使ったページや記述、当てはまると考えた基準を示してください。必要な情報が足りない場合は、その情報を挙げて「要確認」としてください。
基準を作るために使った提案書と、確認用の提案書は分けておきます。見本と同じものを分類できても、新しい提案書に基準を適用できるかまでは確かめられないためです。
確認用の提案書は、熟練者にもAIとは別に分類してもらいます。AIの回答を見る前に本人の判断を残しておくと、後で違いを比較できます。
判断のずれから基準を具体化
たとえば、顧客が「同じ受注情報を何度も転記するのが負担だ」と話していて、その作業に使うツールを提案しているとします。次は、提案書に書かれた効果の説明を比べる架空の例です。
提案書Aの説明
このツールを使うと、作業時間の削減が期待できます。
提案書Bの説明
一度入力した受注情報を請求書へ引き継げるため、同じ内容を入力し直す手間が減ります。
AIは提案書Aを「高」と分類したのに、熟練者は「中」と評価したとします。そこで、熟練者に判断の理由を聞きます。
「この提案書を中と判断した、決め手はどこでしたか?」
すると、「削減できるとは書いてあるけれど、どの作業が減るのかがわからない。Bなら、転記が減ると説明されている」と返ってくるかもしれません。
AIは、期待する効果に触れていれば条件を満たすと解釈していました。一方、熟練者が求めていたのは、どの作業がどう変わることで、その効果が見込めるのかという説明でした。
この違いがわかれば、「高」の条件を「顧客の課題に合う提案があり、施策から効果につながる理由も説明されている」と具体化できます。「効果の説明がある」という一言の中に、本人が求める条件が隠れていたわけです。
修正した基準をAIに渡して提案書Aをもう一度分類させ、別の提案書でも試します。以前は判断が合っていた事例についても、基準の修正によって矛盾が生じていないかを見ましょう。
ただし、ずれるたびに条件を増やせばよいわけではありません。すでに書いた条件をAIが見落としていたなら、どの記述を根拠にしたのか、基準とどう照らし合わせたのかを確認します。
熟練者だけが、顧客との事前の会話を知っている場合もあります。そのときは、必要な情報をAIにも渡せるかを確かめます。情報がない場合は、人による確認に戻すかどうかを決めます。何が足りなかったのかを確かめてから、直す箇所を選びます。
聞き取った基準を文書に残す
本人の説明からわかったことは、基準の文書に反映します。会話の中で訂正して終わらせず、次の担当者にも渡せる形にしておきましょう。
今回の例なら、次のようにまとめられます。
- 対象と前提:初回の提案前に、営業提案書の完成度を確認する。
- 見る箇所:顧客の課題、提案する施策、期待する効果の記述。
- 分類を分ける条件:課題と提案のつながりが見えなければ低。つながりはあるが、効果に至る理由が足りなければ中。その理由まで説明されていれば高。
- 具体例と理由:Aは削減できる作業がわからないため中。Bは転記を省けるとわかるため、効果の説明は高の条件を満たす。
- 要確認の条件:顧客がどの作業に困っているか不明で、提案とのつながりを判断できない。
この文書と見本を、次回の判断にも使います。訂正を基準に残すことで、同じことを毎回説明する手間も減らせます。
「中」のグループをさらに細分化
大まかな分類を試したら、AIと熟練者の判断が何件一致したかに加え、どんな取り違えが残っているかを見ます。
「大幅な修正が必要な提案書を高と判断してしまうと困る」など、仕事に支障が出る間違いと、人が確認する範囲を担当者と決めておきましょう。
低・中・高それぞれの代表的な事例だけでなく、低と中、中と高の境目にある事例も、見本とは別に用意してAIと熟練者の判断を比べます。困る取り違えが残るなら、先に大まかな基準を見直します。
決めた範囲の事例で、AIが必要な判断を行えると確認できたら、各グループの中を細かく分けます。
今度は「中」に分類された提案書だけを並べます。もとの点数でいう4〜7点の範囲です。
「この中で、4〜5点と6〜7点を分ける違いは何ですか?」
聞く範囲がさらに小さくなりました。

ここでも、二つの提案書を比べながら聞きます。たとえば、「どちらも効果の説明は足りない。ただ、こちらは顧客の具体的な作業負担まで捉えているので、同じ中でも評価が高い」といった話が出てくるかもしれません。
その違いを基準に加え、AIが熟練者と同じように分類できるか確かめます。判断が安定してきたら、必要に応じてさらに細かく分けていきます。
低と中を分ける観点と、中の中を分ける観点が、同じとは限りません。範囲を絞るたびに、本人が何を見ているかを聞き直します。
ただし、必ず10段階まで細かくする必要はありません。
たとえば「大幅な修正が必要」「一部を直せば使える」「提出前の最終確認へ進める」の三つに分けられれば、仕事を進められる場合もあるでしょう。細かい点数を付けることより、次に何をするか判断できる基準を目指します。
本人にも違いを説明しきれない範囲は、無理に数値で区切らず、人が確認する対象として残しておけます。
ここで確かめているのは、決めた範囲で本人の判断を再現できるかどうかです。実際の仕事に使う際は、その基準が目的に合っているかも担当者が確認します。
答えやすい問いの重ね方
「何が好きですか?」と聞かれるより、「好きな食べ物は?」「中華料理なら?」と範囲を絞ってもらったほうが、答えを思い浮かべやすいことがあります。
仕事の判断を聞くときも、同じように考えられます。「良い提案書とは何ですか」という大きな問いを、目の前の事例について答えられる問いに変えていくのです。
| 聞きたいこと | 質問の例 |
|---|---|
| 何を見ているか | 「最初に確認したのは、どのページですか?」 |
| 二つの事例の違い | 「こちらを選んだ決め手は、どの記述ですか?」 |
| 評価が変わる条件 | 「この説明を削っても、高と評価しますか?」 |
| 改善の優先順位 | 「一か所だけ直せるなら、どこから直しますか?」 |
| 判断が難しくなる条件 | 「どんな情報がないと、中か高か決められませんか?」 |
Yes/Noで答えられる質問や、二つから選んでもらう質問も、会話の入口になります。
ただ、「はい」「こちらです」で終わらせないこと。「どこを見て、そう判断しましたか」と続けて聞くことで、選択の裏にある基準に近づけます。
質問を増やすといっても、一度にたくさん投げかける必要はありません。一つの質問に答えてもらい、その答えに含まれる「わかりやすい」「十分」「違和感がある」といった言葉が何を指すのか、具体例を見ながら確かめていきます。
聞く側が「つまり、数字が入っていれば高評価ですよね」と先に結論を決めてしまわないことも大切です。本人の説明と合っているか、実物を見ながら確認しましょう。
最初の一歩は、二つの事例から
暗黙知の言語化は、一度の質問で完成するものではありません。
大まかに分ける。具体例の違いを聞く。言葉にした基準をAIに渡し、本人の判断と照らし合わせる。判断が合ってきたら、範囲を絞ってもう一段細かくする。

この繰り返しで、最初は「何となく」としか言えなかった判断についても、熟練者が見る場所や評価が変わる条件が少しずつ言語化されていきます。その基準は、AIへの指示にも、後輩に仕事を教えるときにも使えます。
聞き取りと事例の比較、AIによる判断の確認を重ねることで、熟練者の「感覚」が共有できる判断基準に変わっていきます。
まずは、評価の違う二つの事例を並べて、「この二つは、どこが違いますか?」と聞くところから始めてみてください。




