先に結論です。私たちが勧めるのは、「AIでできそうなこと」を集めるのではなく、改善したい仕事を見つけ、その中からAIに任せる部分を切り分ける進め方です。
「各部署から業務一覧は集まった。でも、ここからどうする?」
「社員に活用案を聞いても、議事録とメール作成しか出てこない」
この段階で止まっているなら、アイデアを増やす前に、仕事の見方を少し変えてみましょう。
業務棚卸しは、仕事の名前を書き出すだけの作業ではありません。何を受け取り、どう加工し、誰が確かめて次へ渡しているのか。普段はひとまとめにしている仕事の中身を、見える形にすることです。
業務一覧を埋めることより、次の一手が決まること。
今回は、そこまでを棚卸しのゴールにします。
1.目的と範囲の設定
最初に決めるのは、使うAIではなく、変えたいことです。
「営業の生産性を上げたい」では、まだ少し広い。「提案準備の手間を減らし、商談後の初回提案を早めたい」まで具体化すると、調べる範囲が見えてきます。
この場合は、商談が終わってから、提案書を顧客へ提出するまで。営業活動のすべてを、最初から詳しく調べる必要はありません。
この記事では、内容がわかりやすくなるようにこの営業部門を架空の例として解説していきます。
全体は広く、深掘りは狭く
課題がまだ絞れていない会社なら、まず各部署の主要業務と困りごとを大まかに集めます。そのうえで、事業への影響が大きい仕事の流れを一つ選び、詳しく聞いていきましょう。
全社の仕事を同じ細かさで調べるのではなく、「全体を見渡してから対象を絞る」という順番です。

たとえば、提案書の提出が遅れているとしても、資料を作るのに時間がかかるのか、上司の確認を待っているのかで、打ち手は違います。「何を減らしたいのか」に加えて、「減った時間で何をしたいのか」まで言葉にしておきます。
担当者と試行時間
棚卸しには、優先順位を決める責任者、実際に仕事をしている社員、AIの使い方を具体化する担当者が参加します。小さな会社なら兼任でも構いません。
役割を分ける理由は、現場の社員に「AIで実現できるか」の判断まで背負わせないためです。現場には仕事の実情を、AI担当者には実現方法を持ち寄ってもらいます。
そして、試す時間も業務予定に入れてください。
「通常業務の合間に、各自で頑張って」ではなく、試行と振り返りを仕事として扱いましょう。
忙しくて時間がなくて効率化が進まないのは本末転倒です。
2.実例からの洗い出し
「AIで効率化できる仕事を教えてください」
AIにまだ詳しくない状態で、そう聞かれたら困りませんか。いつもの仕事を思い出しながら、AIへの向き不向きまで考えなければなりません。
最初は、AIの話を脇に置いて大丈夫です。
現場への質問例
聞きたいのは、次の三つです。
- 「直近の案件では、何を受け取り、どんな順番で作業しましたか?」
- 「その途中で、探し直したり、確認を待ったり、やり直したりしたのはどこですか?」
- 「本当はやりたいのに、時間がなくて省いていることはありますか?」
「資料作成が大変です」と返ってきたら、「最近作った資料を一つ、見ながら教えてください」と続けます。予定表、メール、作業中の画面、修正履歴も手がかりになります。
たとえば、提案書を書く前に過去の事例を探していた。数字が見つからず、別の部署へ問い合わせていた。完成後に、必要な情報が足りないと差し戻されていた。
どれも「資料作成」の一言には収まります。でも、困っている場所は別です。
ここでは、誰の作業が遅いかではなく、どこで仕事が進みにくくなるかを一緒に確認します。その目的を、ヒアリングの冒頭で伝えておくとよいでしょう。
月末・例外・受け渡し
直近の案件だけでは見えない仕事も、追加で確認します。
月末の締め作業、繁忙期だけの対応、欠員時の引き継ぎ。さらに、他部署から差し戻されたときや、通常の手順で処理できなかったときの動きも聞いてください。
「担当者に聞けばすぐ終わる」という作業なら、担当者が不在のときはどうしているのか。そこまで聞くと、一覧に書かれていなかった確認や待ち時間を拾えます。
一方で、失注理由の整理や提案内容の振り返りなど、手が回らず実施できていない仕事も残しておきます。いま作業していないからといって、改善の候補にならないわけではありません。時間削減だけでなく、品質向上や従来手が回らなかった業務への適用もAI活用の可能性を拡げます。
ただし、今回の目的から離れるものは、次に検討する候補として分けておきましょう。
最初の一覧には、仕事の名前、担当者、頻度、かかる時間、困りごとを記入します。時間は概算からで構いません。AIへの適性は、この段階で無理に判定しないことです。
3.作業の分解と記入
仕事が集まったら、次は「どこまで細かく書くか」です。
たとえば、棚卸し表に「営業」とだけ書かれていたら、検討できません。「提案書作成」まで具体化しても、まだ複数の作業が混ざっています。
営業 → 提案書作成 → 商談メモと最新のサービス資料から、提案書の構成案を作る。
最後のところまで書くと、試す内容が見えてきます。

分ける目安は「引き継げるか」
新しく入った社員へ、仕事を引き継ぐつもりで考えてみてください。
「いい感じの提案書を作って」だけでは、何を見て、どこまで仕上げればよいかわかりません。商談メモとサービス資料を渡し、「顧客の課題、提案内容、不明点を整理してほしい」と伝えれば、仕事の輪郭がはっきりします。
AIに任せる作業も、まずはこのように整理します。
確認するのは、材料・作業・成果物・確認方法の四つ。使う材料が変わる、成果物が変わる、判断する人や基準が変わる。その境目で、棚卸し表の行を分けるのが一つの目安です。
たとえば、「構成案を作る」と「値引き条件を承認する」は別の行にします。反対に、「ファイルを開く」「文章をコピーする」まで、すべて別の行にする必要はありません。負担の原因を調べるときにだけ、その細かさまで追います。
細分化は、目的ではありません。業務全体を一度に置き換えず、工程ごとに実現可能性を検討し、生成AIを使うべきでない箇所も見極める進めることが大切です。
棚卸し表の記入例
候補になった作業だけを、次のように掘り下げます。自社用に使う際は、右側の記入例を置き換えてください。
| 項目 | 記入例:提案書の構成案づくり |
|---|---|
| 改善の目的 | 提案準備の手間を減らし、初回提案を早める |
| 作業・担当者 | 営業担当者が、商談メモとサービス資料から構成案を作る |
| 頻度・現在の時間 | チーム全体で月40件、1件30分。いずれも仮定 |
| 材料・保管場所 | 商談メモと最新版のサービス資料。社内の共有フォルダに保存 |
| 手順・困りごと | 要望整理→資料確認→構成づくり。情報の抜けによる書き直しがある |
| 成果物・合格条件 | 顧客の課題、提案内容、要確認事項がそろった構成案。根拠資料がわかり、材料にない事実を付け足さない |
| 情報の取り扱い | 顧客情報を含む。入力できる範囲、利用環境、共有範囲を管理者に確認する |
| 人の確認・責任 | 営業担当者が事実と要望を照合。金額・契約条件は責任者が判断する |
| 例外時の対応 | 情報不足や資料の矛盾があれば、人が確認するまで次の工程へ進めない |
| 効果の確かめ方 | 準備から確認・修正までの時間、情報の抜け、修正内容、提案提出までの日数を記録する |
「いい感じの構成案」ではなく、何がそろえば使えるのかを書く。ここが、試行後の判断を支えます。
わからない項目は、推測で埋めなくて大丈夫です。「誰に、何を、いつまでに確かめるか」を残しましょう。空欄をなくすことより、未確認の条件を見えるようにすることが大切です。
営業以外でも考え方は同じです。顧客対応なら「問い合わせ対応」ではなく、「問い合わせ文と承認済みFAQから返信案を作る」。総務なら「社内案内」ではなく、「確定した日程と申請手順から案内文の下書きを作る」と書いてみます。
残す工程、なくす工程
ここで、一度立ち止まってください。
その作業は、そもそも残す必要があるでしょうか。
たとえば、商談メモを社内報告書に転記し、その報告書から提案準備用のメモを作っている場合です。三つの資料が本当に必要なのか。同じ情報を、必要な人が直接参照する形にできないか。先に検討する余地があります。
必要な承認や記録は残しつつ、重複した転記をなくす。AIへ渡す前に、そうした見直しも行います。

速くする前に、やめてよい作業がないか。
棚卸しでは、この問いも忘れないでください。
4.候補の比較と優先順位
作業を分けられたら、「AIに任せられそうか」と「先に取り組むべきか」を分けて考えます。
長文の要約や分類、情報の整理、文章の下書きなどは、活用を検討する候補です。
ただし、できそうだから最優先、ではありません。
先に確認する利用条件
優先順位をつける前に、入力する情報と、人が確認できる範囲を確かめます。
顧客情報や社外秘の資料を使うなら、社内ルールに加え、利用するサービスやツールの契約・設定を確認します。入力内容の保存やAIの学習への利用、閲覧できる人の範囲も確認対象です。判断できなければ、管理者に相談してください。
確認が済むまでは、公開情報や架空データで試します。顧客名だけを置き換えて済ませず、内容から特定される情報や営業秘密が残っていないかも確認しましょう。
出力についても、「人がチェックする」で終わらせません。誰が、どの資料と照合するのか。何が不明なら作業を止めるのか。最初は対外送信や承認を人に残し、確認を終えたものだけを次へ渡します。
入力してよいか、確かめられるか。この二つが未確認なら、本番の情報では試さない。
候補を捨てる必要はありません。「条件を整えてから試す」に分けておきます。
比較の軸は三つ
条件を満たした候補は、事業への効果、試しやすさ、確認・修正の負担で比べます。
事業への効果は、最初の目的への近さです。何回発生するのか、誰の負担が減るのか、仕事全体が早く進むのかを見ます。
試しやすさは、材料と人の準備です。資料がそろい、対象を限定でき、担当者が時間を取れるかを確かめます。
確認・修正の負担は、任せたあとに残る仕事です。出力のたびに全文を書き直すなら、期待した時短になるとは限りません。ここは試行で測ります。
同じくらいの効果が見込めるなら、まずは材料がそろい、確認しやすい候補から。効果が大きくても準備が重い候補は、準備の担当者と期限を決め、別に進めます。
小さく試すことと、小さな課題だけを選ぶことは違います。
営業部門の3候補
先ほどの架空の営業部門で、三つの候補が出たとします。目的は、提案準備の負担を減らし、初回提案を早めることです。
| 候補 | 棚卸しでわかったこと | 今回の判断 |
|---|---|---|
| 提案書の構成案づくり | 毎回発生。商談メモと最新版の資料があり、入力の許可と営業担当者の確認体制も整っている | 最初に試す |
| 類似する過去提案の検索 | 探す負担は大きい。ただし、旧料金の資料や閲覧制限のある資料が混在している | 資料の更新・権限を整理してから試す |
| 見積金額の集計 | 入力項目と計算ルールが固定され、既存の表計算機能で対応できる | まず既存機能で改善する |
この条件なら、構成案づくりから始めます。材料を渡し、出力を確かめるところまで、担当者の手元で試せるためです。
過去提案の検索は、AIに向いていないと判断したわけではありません。先に、参照させてよい最新版の資料を整理する必要があります。資料がすでに整い、探す時間のほうが大きな負担なら、こちらを先に試す判断もあります。
見積金額の集計は、使う道具を分けます。決まった計算は表計算に任せ、必要なら、その結果を説明する文章の下書きを生成AIの候補にする。すべてを同じ道具で処理する必要はありません。
「AIを使わない」という結論も、立派な棚卸しの成果です。
見落とせない「待ち時間」
もう一つ、注意したい場面があります。
仮に構成案を早く作れても、上司の承認に2日かかっていたら、提案の提出は期待ほど早まらないかもしれません。その場合は、確認する時間をあらかじめ確保する、承認基準を明確にする、といった改善も必要です。
作業の時短と、仕事全体の前進は別物です。
棚卸し表には、手を動かす時間だけでなく、受け渡しや待ち時間も残してください。

5.小さな検証と社内展開
最初の候補が決まったら、試す担当者、使う情報、確認する人、合格条件、振り返る日を決めます。
たとえば、営業担当者1人が1週間で5件を試す、といった始め方です。件数や期間は、業務の頻度に合わせて調整します。通常の案件だけでなく、情報が不足している案件や、例外的な条件を含む案件も入れてください。
これは最初の使い勝手や問題点を知るための小さな試行です。数件うまくいっただけで、全案件に使えるとは判断しません。
試す前の合格条件
構成案づくりなら、合格条件を「準備・確認・修正まで含めて平均20分以内」「顧客の要望や金額に重大な誤りがない」「根拠と不明点を確認できる」と置く方法があります。これも設計例なので、自社で必要な品質に合わせて決めます。
時間だけが基準ではありません。
速くても、顧客の要望を取り違えていたら、そのまま使える構成案ではないですよね。案件ごとに、抜けていた情報、修正した箇所、その理由も記録します。重大な誤りは、ほかの案件の好成績で打ち消さないようにしましょう。
確認まで含めた効果測定
見るのは、AIが文章を出す速さではなく、社員の仕事が終わるまでの負担です。
材料を集める、入力する、出力を待つ、内容を確認する、修正して次へ渡す。待っている間に別の仕事ができる場合は、人の実作業時間と完了までの経過時間を分けて記録します。
仮に、従来30分だった作業が、準備から確認・修正まで含めて18分になったとしましょう。
(30分 − 18分)× チーム全体で月40件 = 月480分、つまり8時間の削減。
これは仮定に基づく試算です。月40件はチームの合計なので、さらに社員数を掛けることはしません。
初期設定や研修、毎月の利用料、運用の見直しにかかる時間・費用も別に確認します。また、8時間の余裕が生まれることと、人件費がそのまま減ることは同じではありません。
顧客との対話を増やすのか、提案の振り返りに使うのか。空いた時間の使い道まで決め、初回提案までの日数も確かめて、最初の目的に近づいたかを判断します。
結果からの見直し
期待した結果が出なかったら、何が足りなかったのかを分けて考えます。
材料が足りないなら、必要情報の集め方を変える。合格条件が曖昧なら、よい出力の例を用意する。確認に時間がかかりすぎるなら、任せる範囲を狭める。それでも負担が減らなければ、別の方法へ切り替える。
「続ける」「条件を変えて試す」「見送る」のどれかを決め、その理由を棚卸し表に戻します。一度作って終わりではありません。
チームに渡す使い方
うまくいったら、次の社員へ渡せる形に整えます。
使ってよい材料、プロンプト(AIへの指示文)、出力例、確認手順、困ったときの相談先をまとめておきましょう。指示文だけでなく、どんな場合には使わないかも含めます。
デジタル庁の2023年度事業では、用意された指示文のテンプレートが、利用者の試行錯誤や学習の負担を減らす手段として説明されています。4
社内へ広げるときは、対象業務を題材にした短い説明と演習を組み合わせます。誰かの操作を見て終わりではなく、別の社員にも同じ手順で試してもらい、迷った箇所を直すところまでを一組にしてください。
あわせて、資料や指示文を更新する担当者も決めます。利用するAIや仕事の条件を変えたときは、同じ基準で再確認します。
個人の「便利だった」を、チームの「これなら使える」へ。社内展開は、そこからです。
最初の打ち合わせ用メモ
ここまでを、自社で始めるための形にまとめます。
最初の打ち合わせでは、一つの業務を題材に、次の三つをそろえてください。
| 準備・議題 | 内容 |
|---|---|
| 参加者 | 業務の責任者、実務担当者、AI活用を具体化する担当者。必要に応じて情報管理の担当者 |
| 持ち寄るもの | 直近の成果物1件と元資料、修正や差し戻しの記録、件数と時間の概算。会議での共有権限にも注意 |
| 決めること | 改善の目的、試す作業、使う情報と利用条件、試行・確認の担当者、確保する時間、合格条件、振り返る日 |
60分で行うなら、最初の10分で目的、次の20分で実際の作業、15分で分解と候補比較、最後の15分で次の行動を決める、という進行案です。
その場ですべて確認できなくても構いません。「資料の利用可否を誰がいつまでに確認するか」のように、次へ進むための宿題を決めます。
何を試すか。まだ試せないなら、何を確かめるか。
そこが決まれば、初回の棚卸しは一区切りです。
一覧から、実際の一歩へ
生成AIに向けた業務棚卸しは、詳しい業務一覧を完成させるためではなく、仕事を変えるために行います。
目的を決め、実例を聞き、作業を分ける。候補を比べ、確認できる範囲で試す。大切なのは、AIの機能から考えるのではなく、自社の仕事へ何度も立ち返ることです。
「うちの場合は、どこまで分ければいいのか」
「候補は出たけれど、最初の一つを決めきれない」
ミチガエルでは、こうした段階から、業務の整理、社員に合わせた研修、小さな試行、その結果を受けた改善までを一緒に具体化します。相談のために、完成した棚卸し表を用意する必要はありません。まずは、時間がかかっている仕事を一つお聞かせください。
AIの使い道を、無理にひねり出さなくて大丈夫です。
最初に見つけたいのは、社員が「ここが変わったら助かる」と思っている仕事です。




