AI導入・活用

AI導入の成熟度|自社の現在地を把握することがスタート

AI導入の成熟度を5段階と5つの観点で解説。身近な業務例と記入例を通して、自社の現在地を確かめ、優先する課題と経営者が決める次の行動を整理できます。

白地に方眼の背景に「AI導入の成熟度」と大きく書かれ、副題に自社の現在地を把握することがスタート、背景に輪郭だけの英字Maturityを配したアイキャッチ

「社員にAIツールを配ったけれど、仕事がどう変わったのかはよく分からない」

「一部の社員は使いこなしている。でも、会社全体には広がっていない」

そんなとき、次に何をすべきかを考える手がかりになるのが、AI導入の成熟度です。自社の現在地が分かると、研修が必要なのか、業務の進め方を変えるべきなのか、優先する課題を整理できます。

この記事では、Microsoftが提唱する「エージェントAI導入成熟度モデル」を参考に、自社の状況を確かめる方法を解説します。本来は、情報を調べたり複数の作業を進めたりするAIエージェントの導入に向けたモデルです。その考え方を、中小企業の日々のAI活用から、組織としての運用までを考える手がかりとして紹介します。

読み進める順番は、次の3つです。

  1. 5段階で全体像を知る:個人の試行から、組織の運用へ進む違いをつかむ。
  2. 5つの観点で現状を見る:目的、業務、安全管理、データ、人の準備を確かめる。
  3. 次の行動を決める:優先する課題、担当する人、結果を見直す時期を整理する。

段階の呼び方や業務例は、日本の経営者が自社に置き換えて考えられるように整理しています。記入表やケースは解説用に作成したもので、公式の診断票ではありません。

AI導入の成熟度とは

AI導入の成熟度とは、AIを仕事に生かすための仕組みが、組織としてどこまで整っているかを表すものです。

例えば、社員全員がAIツールを使える会社を想像してみてください。

ある社員はメールの下書きに使い、別の社員は調べ物に使っている。ただし、使い方を共有する場はなく、どれくらい役立っているかも把握していない。この状態では、AI活用の成果が個人の工夫に左右されます。

一方で、使う業務、確認する人、成果の測り方が決まっていれば、担当者が交代しても仕事を引き継ぎやすくなります。

ここで見たいのは、「あの人だからできる」仕事を、会社として続けられる形にしていく過程です。

成熟度を見るときは、この変化を意識すると分かりやすくなります。

「導入した」の中身をそろえる

経営者が「うちもAIを導入している」と言うとき、何を思い浮かべているでしょうか。

全社員にアカウントを配ったことかもしれません。研修を開いたことや、一つの部署で自動化が動き始めたことを指している場合もあるでしょう。

どれも取り組みの一つですが、確認できる内容は異なります。アカウントの配布からは利用環境の整備、研修の開催からは学ぶ機会の提供が分かります。その先で、社員が仕事に使えているか、品質を保って続けられているかは、実際の業務を見て確かめる必要があります。

例えば、経営会議では「導入は完了した」と報告されていても、現場では「この情報を入れてよいのか分からない」「出力をどう確認するのか教わっていない」と感じているかもしれません。こうした認識の違いを具体的な問いで確かめるために、成熟度の考え方が役立ちます。

利用人数や利用回数も、状況を知る材料になります。ただし、使う回数が増えた理由が、仕事の改善によるものか、同じ回答を何度も作り直しているためかで、受け止め方は変わります。

AIが使われている様子と、仕事がよくなった根拠を併せて見ていきましょう。

この見方を持つと、導入後に何を確認すればよいかが、少しずつ明確になります。

AI導入の5つの段階

モデルでは、成熟度をレベル100から500までの5段階で整理します。まずは、各段階の違いをつかみましょう。

その前に、段階と観点の違いを押さえておいてください。「段階」は仕組みの整い具合を示し、「観点」は確認する対象を示します。

例えば、問い合わせ対応の手順は共有できていても、参照する資料の管理や、社員が練習する機会は整っていないかもしれません。同じ業務の中でも、整っている部分と支えが必要な部分は分かれます。

これから見る5段階は、そうした違いを考えるための共通の物差しです。後ほど紹介する5つの観点に分けて、現在の状態と根拠を整理していきます。

レベル この記事での捉え方 仕事で見える変化
100 個人が試している 興味のある社員が、それぞれのやり方で使う
200 チームで繰り返せる 特定の仕事で、使い方の型が生まれる
300 組織の仕組みが整う 方針・役割・手順・成果の測り方が明確になる
400 部門をまたぐ運用が定着する 共通のルールと管理の下で業務がつながり、成果を確認できる
500 AIを前提に運営が進化する 人の監督の下でAIが自律的に働き、結果に応じて業務やサービスが変わる

AI導入の5段階。100個人が試す、200チームで繰り返す、300組織の仕組み、400部門をまたぐ、500AI前提で進化する、と階段状に上がっていく

ここからは、商品に関する問い合わせ対応を例に、違いを見ていきます。以下は説明のための架空の業務例です。

レベル100:個人が試している

問い合わせへの返信文を書くとき、ある社員がAIに文章を整えてもらっています。言い回しを考える負担が減り、本人は便利だと感じています。

ただし、ほかの社員は使い方を知りません。何をAIに渡し、どこを確認しているのかも、その人に聞かなければ分からない状態です。

利用するツールや入力する情報も、人によって異なる可能性があります。

特に知りたいのは、その社員がAIの出力に何を補っているかです。商品ごとの注意点を頭の中で追加していたり、お客様との過去のやり取りを踏まえて表現を直していたりするかもしれません。

こうした工夫が本人の中だけにあると、別の社員が同じ方法を試しても、必要な注意点に気づけないかもしれません。出力を仕事に使える形へ直すところまで、個人の経験が支えている状態です。

レベル200:チームで繰り返せる

問い合わせ対応のチーム内で、返信案を作るための指示文と、確認する項目を共有しました。ほかの担当者も同じ方法を使い始めています。

例えば、「問い合わせの要点を整理する」「商品資料を基に返信案を作る」「担当者が内容を確かめる」という流れです。

ただし、その方法を使っているのは一つのチームだけです。資料が変わったときに誰が更新するのか、別のチームに広げるときに何をそろえるのかは、まだ決まっていません。

ここでの課題は、うまくいった方法を、ほかの人も続けて使える形に整えることです。手順だけでなく、適用できない問い合わせや、担当者が困った例も残すと、次の整備に役立ちます。

例えば、商品の使い方を尋ねる質問には使えても、返品条件が複雑な相談には使いにくい、と分かってきたとします。その場合は「商品説明の返信案に使う」「返品条件の判断は責任者に相談する」と、使う範囲を言葉にできます。

別の担当者が試した結果も確かめてください。同じ手順で進められたか、どこで迷ったか、結局詳しい社員に助けてもらったか。成功した一件に加え、繰り返し使ったときの様子を見ることで、チームの型として定着している部分が分かります。

レベル300:組織の仕組みが整う

会社として、問い合わせ対応にAIを使う目的と運用方法を決めます。

AIが問い合わせを分類して担当者に振り分け、返信案を作成します。担当者が商品情報や表現を確認し、必要な承認を得て送信します。こうした役割分担を、実際の業務手順に組み込みます。

併せて、参照する資料の管理者、問題が起きたときの相談先、対応時間や修正の発生状況を確かめる方法も決めておきます。

担当者が替わったときにも、手順と判断基準を渡せるでしょうか。資料が更新されたときに、運用へ反映できるでしょうか。そこまで確認すると、文書を作った先にある課題が見えてきます。

例えば、商品価格が変わったとき、誰が商品資料を更新し、AIが参照する情報へ変更を反映するのでしょうか。変更後の回答を誰が確認するかも含めて、日常的に起きる変更を一つたどってみましょう。

運用が定まっていれば、特定の担当者の気づきだけに頼らず、必要な修正が進みます。手順書に担当者の名前があるだけでなく、その人が役割を理解し、変更を反映できていることを確かめたいところです。

対象業務が限られていても、その範囲で目的、役割、運用、成果の確認がつながっていれば、次の展開を考える基盤になります。

レベル400:部門をまたぐ運用が定着する

問い合わせへの回答に、営業部門の顧客情報や、物流部門の出荷状況が必要になることがあります。

この段階では、AIが必要な情報を権限に応じて参照し、担当部門への引き継ぎや対応状況の記録まで、一連の仕事に組み込まれています。関係する部門は、共通のルールと管理の下で運用します。

例えば、AIが問い合わせ内容を整理して出荷状況を確認し、回答案を用意します。納期の変更や特別な対応が必要なら、AIが責任者へ判断を求める、といった運用です。

扱う範囲が広がるため、業務全体を見て部門間を調整する責任者が必要です。情報の使い方、引き継ぐ内容、対応を止める条件も、部門ごとにばらばらにならないようにそろえます。

例えば、営業部門で回答案を作れても、物流部門への確認依頼が個人の受信箱に埋もれれば、仕事は止まります。依頼を受ける窓口と対応状況を共有し、遅れたときには責任者が気づける仕組みまで整えます。

情報を取得できなければ、AIは回答を保留し、人へ確認を求めます。処理が止まった箇所は記録され、担当者が引き継げます。このように、途中で問題が起きても必要な対応へつなげられることが、継続した運用を支えます。

さらに、お客様への回答が終わるまでの時間や、部門間で確認が必要になった件数を、共通の定義で確かめます。その結果を責任者が把握し、別の商品や業務へ広げるかを判断します。連携した仕事の成果を、組織として確認できる段階です。

レベル500:AIを前提に運営が進化する

AIが日常業務の中で自律的に仕事を進め、人は重要な判断や全体の監督を担います。その働きを前提に、業務の運営やサービスの形まで継続的に見直していく段階です。

例えば、問い合わせを受けたAIが、内容と最新の出荷状況を基に、通常の回答を進めるか、担当者へ判断を求めるかを選びます。条件が変われば、必要な情報を取り直したり、途中の処理を止めたりしながら仕事を進めます。

その先では、出荷の遅れなどをきっかけに、影響する案件を調べ、関係する部署への確認やお客様への案内準備を始める、といった運用も考えられます。人が一件ずつ作業を依頼する負担が減り、担当者は個別の調整や、お客様との関係に関わる判断へ時間を使えます。

こうした動きには、AIが処理を始める条件、任せる範囲、完了とする基準、人へ判断を戻す条件が組み込まれています。人は記録や異常の通知を通して状況を把握し、必要な場面で介入します。

また、運用の結果が、次の仕事の設計に反映されます。どの判断で修正が増えたか、どの案内が役立ったかを基に、AIの担当範囲、確認方法、人の配置を調整します。変更した情報やルールは検証して反映し、その後の結果も確認します。

経営者もその情報を使い、どこに投資するか、どんなサービスを提供するかを考えます。例えば、問い合わせを待って回答する運用から、必要な情報を先に届けるサービスへ変えるなど、AIを前提に事業の進め方が育っていきます。

人の承認を残す範囲は、仕事の重要度に応じて決めます。自動化の割合に加え、AIの働きに合わせて運用・管理・経営判断も更新できているかを見ることが大切です。

ここまでの例は、段階の違いをつかむためのものです。一つの機能を実装したことや、部門をまたいで使ったことだけで段階を判定するのではなく、次の5つの観点で支える仕組みを確かめます。

現在地を確かめる5つの観点

5段階の説明で思い浮かべた場面を、ここから具体的な確認の問いに変えていきましょう。

モデルにある5つの柱を、経営者が現場と話しやすい言葉にすると、次のように整理できます。それぞれについて、できていること、根拠が足りないこと、次に整えることを見ていきます。

現在地を確かめる5つの観点と問い。目的と経営方針、業務の流れと成果、ルールと安全管理、データとシステム、人と組織を、一つのレベルにまとめず観点ごとに根拠を見る

1.目的と経営方針

「AIで、どの課題を改善したいのか」を、経営者と現場で共有できているでしょうか。

例えば、「AIを積極的に使おう」という方針から、もう一歩具体的にしてみます。「商品に関する問い合わせの回答待ちを減らし、担当者が個別相談に時間を使えるようにする」と言えれば、対象業務や成果の見方をそろえやすくなります。

その目的が、使う社員にとって分かりやすく、日々の仕事に結び付いているかも確かめましょう。

確認するときには、経営者と担当者に同じ問いを投げかけてみます。「この取り組みがうまくいくと、誰の仕事がどう変わりますか」。経営者は回答待ちの短縮を期待しているのに、担当者は文章の見栄えだけを改善しようとしているなら、目的をすり合わせる余地があります。

また、現場が使いやすい形になっているかも、この観点に含めて考えられます。普段の作業場所から利用できるか、必要な資料を探し直す負担がないか。目的に合う機能があっても、仕事の途中で使うまでに手間がかかれば、その理由を知る必要があります。

2.業務の流れと成果

AIを入れたことで、仕事全体はどう変わったでしょうか。

返信案の作成が速くなっても、誤りの修正や上司への確認に時間がかかれば、回答完了までの時間はあまり変わらないかもしれません。

作業を「情報を探す」「案を作る」「確認する」「相手に返す」と分け、人とAIの担当を整理します。そのうえで、導入前後の所要時間や修正の発生状況を比べると、次に改善する箇所が見えてきます。

例えば、一件の問い合わせについて、資料探しから回答の作成、確認・修正、送信準備までの実作業時間を比べるとします。以下の数値は、考え方を示すための仮の例です。

導入前は、一連の作業に20分かかっていたとします。導入後は資料を探して下書きを作る時間が5分になっても、照合・修正と送信準備に20分かかっていれば、合計は25分です。同じ作業範囲を比べると、改善する余地が残っていると分かります。

そこで、資料を探す手間が増えたのか、間違いを見つけるために全項目を確認しているのかを分けて見ます。前者なら参照情報の整備、後者なら出力の形式や確認方法の改善が候補になります。

比較する問い合わせの難しさや対象期間もそろえましょう。単純な質問だけを扱った期間と、個別調整の多い期間を比べると、AIによる変化を捉えにくくなります。

もう一つ分けて見たいのが、担当者が作業した時間と、お客様が回答を待った時間です。

例えば、受信直後に対応を始め、担当者の実作業が合計10分、途中の承認待ちが50分だったとします。この仮の例では、受信から返信まで60分かかっています。お客様の回答待ちを減らしたいなら、承認を待つ流れも改善の対象になります。

作業の負担を減らす目的なら実作業時間、回答を早める目的なら受信から返信までの経過時間を見ます。目的に合う指標を選ぶと、何が変わったのかを経営者と現場で共有しやすくなります。

仮の例で、担当者の実作業は10分、受信から返信までは承認待ち50分を含めて60分。負担を減らしたいときは実作業時間、回答を早めたいときは受信から返信までの時間を測る

3.ルールと安全管理

社員は、AIに渡してよい情報や、確認が必要な場面を判断できるでしょうか。

例えば、採用に関する社内問い合わせを扱うなら、人事担当者だけが見られる情報を、ほかの社員への回答に含めない仕組みが必要です。誰がどの情報を参照できるかを、運用と設定の両方で確かめます。

問題が起きたときに誰へ連絡し、誰が利用を止められるかまで決まっていれば、現場も迷いにくくなります。

ルールが伝わっているかは、具体的な場面で確認できます。「お客様の名前を含む問い合わせを、このツールにそのまま渡してよいですか」「価格に関する回答案は、誰が確認しますか」。同じ条件で聞いて答えが分かれるなら、ルールの解釈や伝え方を確かめる必要があります。

さらに、返信案を作る用途と、顧客へ送信する用途では、必要な管理も変わります。送信まで任せるなら、誤った宛先や内容で実行しないための確認と、実行した内容を追える記録が必要になります。使う機能が増えたときに、従来のルールで足りるかを見直せることも確認しましょう。

4.データとシステム

AIが仕事に必要な情報を、正しい状態で参照できるでしょうか。

例えば、経費精算のルールを答えるAIがあっても、参照先に古い規程と新しい規程が混在していれば、回答の確認に手間がかかります。

最新の資料を特定でき、更新する担当者がいて、必要な人だけがアクセスできる状態を整えることも、AI導入の土台です。新しいシステムを検討する前に、今ある資料の管理状況から確かめられます。

回答が不正確だったときは、AIが参照した資料までさかのぼれるでしょうか。元の規程に例外が書かれていなかったのか、古いファイルを使ったのか、正しい情報があるのに回答へ反映されなかったのかで、直す場所が変わります。

例えば、経費規程に出張時の例外条件が別紙で定められているなら、本体だけを参照させても判断材料が不足します。何を基に回答すべきかを、実際に業務を知る担当者と確認することが大切です。

また、AIを社内のシステムとつなぐ際は、AIがどの情報を読めて、何を登録・変更できるのかも整理します。接続できた事実から一歩進めて、必要な範囲で正しく使えるかを確かめます。

5.人と組織

AIを使う社員が学び、困ったときに相談し、やり方を改善できるでしょうか。

研修を受けた後、実際の業務で試す時間があるか。相談が特定の一人に集中していないか。新しく入った社員にも、使い方を伝えられるか。日々の運用を思い浮かべて確認してみてください。

経営者が担当者を決めるときには、その人が改善に使う時間と、周囲が支える役割も併せて考える必要があります。

使っていない社員への聞き方も工夫できます。「なぜ使わないのですか」だけでは答えにくくても、「前回試したとき、どこで作業をやめましたか」と聞けば、具体的な困りごとを知る入口になります。

出力を信用してよいか分からなかった、必要な資料を用意する時間がなかった、自分の担当業務での使い方が思い付かなかった。理由が違えば、必要な支援も違います。確認方法を教える、資料を整える、業務に合わせた練習をする、といった対応を選べます。

使う人の状況に合わせて支援を変えられるでしょうか。そこまで含めると、研修の受講人数だけでは分からない、組織としての準備が見えてきます。

自社の現在地を整理する手順

5つの観点を確かめるときには、今、実際にできていることを根拠にするのが基本です。

「これから手順を整える予定」「詳しい社員ならできる」という状態と、普段の業務で安定して実行できる状態は、分けて記録しましょう。

対象業務と確認する人を決める

最初から「全社のAI成熟度」を一度に調べようとすると、営業は進んでいる、人事はこれから、といった話が混ざりやすくなります。まずは、問い合わせ対応など、一連の流れが分かる業務を対象にすると話を具体化できます。

参加するのは、その業務の目的を決められる人と、普段の作業を知っている人です。情報や権限の確認が必要なら、資料の管理者やシステム担当者にも加わってもらいます。役職の高い人だけで判断せず、実際の操作や困りごとを説明できる人の話を聞きましょう。

小さな会社では、一人が複数の役割を兼ねていても構いません。ただし、「使う立場では便利だが、情報の管理者としては何を確認する必要があるか」のように、役割ごとに見ると、検討する点を整理できます。

最近の仕事と実物を確かめる

現場の担当者に、最近AIを使った仕事を一件、説明してもらいます。何を依頼し、どの資料を参照し、どこを直して、どう完了させたのか。一連の流れを追うと、手順書に書かれていない作業も見えてきます。

その際、うまくいった例に加え、使うのをやめた例や、人の判断に戻した例も扱ってください。例えば、通常の在庫確認には使えても、お客様ごとの特別な条件があると止まるなら、適用範囲や引き継ぎ先を見直す材料になります。

確認する根拠は、目的を記した方針、普段使っている手順、参照資料の更新日、対応の記録などです。新しい報告資料を大量に作るより、既存の仕事で使っている資料や記録から確かめましょう。

実態・未確認・次の課題を分ける

集めた事実と、まだ確かめる必要があることを、経営者と現場の担当者で整理します。話し合いのための記入例を見てみましょう。

観点 現在確認できていること 次に確かめること
目的と経営方針 責任者は回答待ちの短縮を求めている 方針の記載と、現場が説明する目的は一致するか
業務の流れと成果 一部の担当者が返信案を作成している 確認・修正を含めた時間がどう変わったか
ルールと安全管理 利用するツールは決めている 入力情報の範囲と、送信前の確認者が明確か
データとシステム 商品資料は共有フォルダにある 最新版を特定でき、更新担当者が決まっているか
人と組織 詳しい社員が質問に対応している その社員が不在でも運用できるか

実態を整理してから、各観点がどの段階に近いかを考えます。まだ着手していない項目は、そのまま「未着手」と記録して構いません。

観点ごとの違いを残しておくと、利用者を増やすための支援が必要なのか、成果の確認が必要なのかを説明しやすくなります。まずは、根拠を挙げて話せる状態にすることが目標です。

判断が分かれたときは、その違いも記録します。経営者は「ルールは整っている」と考え、担当者は「判断に迷う」と言っているなら、規程があることと、業務で使えることの間に確認すべき点があります。具体的な一件で、誰が何を判断したかを確かめましょう。

根拠が足りない項目は、「未確認」として、確認する人と対象を決めます。「対応時間を測っていない」と分かったなら、それ自体が次の課題です。分からない状態を無理に高い・低いのどちらかへ分類する必要はありません。

整理した内容には、対象業務と確認した時点も添えておきます。問い合わせ対応で確認できた運用が、採用や経理でも同じように使えるかは、それぞれの業務で確かめる必要があるためです。より詳しく評価する際は、元のモデルにある各柱の説明と、集めた根拠を照らし合わせます。

現在地に合う施策の選び方

現在地を分けて見ると、施策の選び方はどう変わるのでしょうか。ここでは、「一部の社員がAIで返信案を作っている」という、同じ利用状況から考えてみます。以下の2つも架空の例です。

例1:活用を支える情報の不足

ある会社では、勉強会をきっかけに問い合わせ対応チームでAI活用が広がりました。担当者は共通の指示文を使い、作業を楽にできていると感じています。

ところが、回答案の確認では、詳しい社員に毎回質問が集まります。調べると、共有フォルダに複数の年度の商品資料が残り、どれを使うかが担当者によって違っていました。詳しい社員は、その違いを知っているため、出力を見て正しい内容へ直していたのです。

この場合、人と組織の面では、使い方を学び、共有する動きが生まれています。一方、データの整備と、確認・修正を含めた業務設計には課題があります。

次の一手としては、対象商品を絞り、正しい参照資料と管理者を決めることが考えられます。そのうえで、詳しい社員が何を直していたかを基に確認項目を作り、ほかの担当者でも判断できるかを試します。

例2:実務で試す機会の不足

別の会社では、利用ツール、入力してよい情報、送信前の確認方法を決めています。商品資料も管理され、利用に関する説明会を開きました。しかし、普段使っているのは数人だけです。

担当者に話を聞くと、問い合わせが多い時間帯は、慣れた方法で返すほうが安心だと感じていました。AIを試して出力を確認する時間が取れず、説明会で扱った例も、自分たちの問い合わせと少し違っていたのです。

この場合、さらに細かいルールを増やしても、試す時間や自分の業務との接点は増えません。人と組織、そして使う人の体験を整える必要があります。

例えば、責任者が練習用の時間を確保し、よく届く質問を使って、担当者同士で回答案を確認する場を作ります。そこで、使えた場面と使いにくかった場面を整理し、日々の手順に反映します。

同じ「まだ一部しか使っていない」という状況でも、その理由によって整えることは変わります。現状を分けて見ることで、自社に必要な施策を選びやすくなります。

現在地から決める次の行動

現在地を整理したら、次に改善することを一つか二つ選びましょう。

そのときに考えたいのは、「次にAI活用を広げると、どこで困りそうか」です。

経営者は、次の3点を具体的にすると、現場が動きやすくなります。

  1. 何を改善するか:どの業務の、どんな困りごとを減らしたいか。
  2. 誰が、いつ取り組むか:担当者と、改善に使う時間をどう確保するか。
  3. 何を見て判断するか:いつ、どの結果を基に続行や見直しを決めるか。

優先課題の選び方

改善候補が複数あるときには、それぞれが仕事にどう影響しているかを並べて考えます。

例えば、回答案はすぐに作れるものの、責任者の承認を待っている間に返信が遅れていると分かったとします。この場合は、どの質問に承認が必要か、誰がいつ確認するか、不在時は誰へ引き継ぐかを整えることが改善の候補になります。

現在の課題と次の展開を結びつけて考えることが大切です。「業務の流れを見直したい」とだけ言うより、「利用者が増えると承認待ちも増えるため、引き継ぐ条件と窓口を先に決める」と説明できれば、関係する人も取り組む理由を理解しやすくなります。

問題の影響が大きい場合は、一部の機能や対象業務をいったん止め、整えてから再開することも選択肢です。使い続ける前提を置かず、仕事の品質と目的に照らして判断しましょう。

担当する人と時間の確保

担当者を決める際は、何を担うかと一緒に、今の業務をどう調整するかも考えます。

例えば、問い合わせ担当者に資料の整理と手順の修正を依頼するなら、通常の問い合わせ対応の一部をほかの担当者に引き継ぐ、集中して作業する時間帯を決める、といった調整が必要です。担当する仕事が増えたままでは、日々の対応が優先され、改善が進みにくくなります。

技術に詳しい人と、業務をよく知る人の分担も考えましょう。AIを設定できても、お客様ごとの例外条件や、回答に含めるべき注意点をすべて知っているとは限りません。業務の責任者が品質の基準を示し、設定する人と一緒に確かめる形にすると、判断を引き継ぎやすくなります。

続行・修正・中止の判断材料

試した後に「便利だったか」を聞くだけでは、次の判断が難しくなります。確認する材料を、始める前に少数に絞って決めておきましょう。

問い合わせ対応なら、確認・修正を含めた実作業時間、受信から返信までの経過時間、誤った情報を含む回答案の発生状況などが候補です。自社が減らしたい困りごとに対応するものを選びます。

その結果、品質を保ちながら時間が短くなれば、対象を広げる根拠になります。時間は短くなっても確認漏れがあれば、範囲や確認方法の修正を検討します。改善のための負担が大きく、対象業務で得られる効果が小さいなら、いったん止める判断もできます。

最初から一律の目標値を借りてくる必要はありません。現状の仕事の品質、件数、担当者の負担を踏まえ、何が変われば続ける価値があるかを話し合っておくことが重要です。

課題から行動までの記入例

先ほどの「活用を支える情報が不足している会社」を例に、一つの改善を決めるところまで整理してみます。

次の表は、社内で担当と進め方を相談するための例です。時間や期間も仮に置いています。実際には、扱う商品の数や確認する人の負担に合わせて調整してください。

決めること 記入例
確認できた事実と根拠 担当者が異なる年度の商品資料を参照している。最近の回答案と修正理由、参照ファイルを見て確認した。
優先する課題 一つの商品群について、AIで回答案を作る際の参照元と、内容を判断する基準をそろえる。
今回の対象 通常の商品説明に関する問い合わせ。特別な取引条件がある質問は、引き続き責任者へ相談する。
担当する役割 商品資料の管理者が参照元を確定し、問い合わせ業務の責任者が確認項目を決める。対応担当者が実際の質問で試す。
確保する時間 関係する担当者が週1時間ずつ、改善に取り組む時間を確保する。その間の通常の問い合わせ対応は交代で受け持つ。
再確認の時期と材料 2週間後に、資料の参照元、誤った情報を直した理由、実作業時間、受信から返信までの経過時間を確認する。
次の判断 品質と負担を確認し、共通の基準で運用できるなら担当者を増やす。資料の取り違えが残るなら、参照方法を直して再確認する。

このように書くと、「AIをもっと使ってほしい」という依頼が、「どの課題を、誰が、いつまでに確かめるか」に変わります。担当者も、今回進める範囲と、判断に迷ったときの相談先が分かります。

再確認では、資料を統一できた事実に加え、統一した資料が実際の回答で使われているか、修正や確認の負担がどう変わったかを見ます。整備したものが仕事に役立っているかまで確かめて、次の展開を決めましょう。

すべての観点を一度に最上位まで引き上げる必要はありません。現在の課題に合う範囲を選び、結果を見て次を決めていきましょう。この進め方なら、限られた人数でも取り組む理由と役割を共有できます。

改善後の現在地の見直し

成熟度を整理した表は、改善後にもう一度開いてみてください。

例えば、「詳しい社員に毎回確認している」と書いた箇所が、「共通の確認項目で対応し、例外だけを相談している」に変わったなら、組織としてできることが増えています。段階の番号に迷う場合も、前回との具体的な違いを説明できます。

再確認のタイミングは、取り組みの区切りや、運用の変化に合わせて決められます。例えば、利用する部署が増えたときや、新商品を扱うようになったとき、参照するシステムが変わったときなどです。こうしたときには、以前の手順や権限で十分かを確かめる必要があります。

また、一度整えた状態が、そのまま続くとは限りません。担当者の異動後に資料の更新が止まったり、利用者が増えて相談窓口への負担が偏ったりする場合もあります。現状の成果と困りごとの両方を見直し、次に整える範囲を更新しましょう。

経営会議で共有するときも、資料は簡潔にできます。「前回の課題」「取り組んだこと」「仕事に起きた変化」「次に判断してほしいこと」が分かれば、経営と現場の会話をつなげられます。

例えば、「商品資料を統一した結果、通常の質問は担当者間で確認できるようになった。一方、特別な取引条件がある質問は責任者への確認が必要なので、次はその引き継ぎ方法を整えたい」と報告します。現在地を確かめた内容が、次の意思決定に直接つながります。

この繰り返しによって、自社にとって必要な運用の形を育てていけます。

現在地を知ることから始まるAI活用

AI導入の成熟度は、経営者と現場が「今できていること」と「次に整えること」を話すための手がかりになります。

まずは、AIを使っている業務を一つ選び、現場の担当者と最近の仕事を見てみてください。そのうえで、次の3点を言葉にしてみましょう。

  • 現在地:5つの観点それぞれで、何ができていて、何を根拠にそう言えるか。
  • 優先課題:次に活用を広げるとき、どこを整える必要があるか。
  • 最初の行動:誰が何を確かめ、いつ結果を見直すか。

AIをまだ使っていない場合も、使ってみたい業務について、この順番で準備を考えられます。

自社の現在地が分かれば、必要な取り組みを選ぶ理由も明確になります。会社の実態に合う一歩を決めることから、仕事に根付くAI活用を始めましょう。

参考・出典

この記事の執筆・監修

t-yamashita

執筆

山下 敏樹

IT/AIコンサルタント

IT企業勤務。Web制作会社で社内業務改善・DX推進に携わり、code4bizで学んだAIコーディングを活用してさまざまな業務を自動化。半年間の取り組みで、年間約2,500時間相当の業務削減を実現。その後、IT/AIコンサルタントへ転身。DX現場での経験をもとに、AI活用・業務改善・DX・システム開発に関する知識やノウハウを、読者の成果につながる形で発信しています。

生成AI業務整理DX

Services

伴走支援で導入を前に進める

導入範囲の決定から社内ルールづくりまで、意思決定の場に入って一緒に進めます。